(4)医療に与える文化や習慣に対する配慮

<事例 8 >
 イスラム教徒の妊婦がクリニックで妊婦健診を受けている.
宗教上の理由で摂取 できない食べ物があるという.
①どのような問診を行ったらよいか?
②クリニックに入院期間中の食事はどのように対応したらよいか?

Answer

①栄養科が食事のチェックリストをもとに確認を取る.
②リストに基づき院内食で対応できない場合は,院外の外国人専用の給食委託会社に依頼する.ハラル対応が必要な患者さんは専門店で購入したインスタントのハラル食で対応する.あるいは病院が許容できるならば,家族に食事を作ってもらう.

1 )イスラム教徒の診察時の注意点

 スラム教徒の女性が髪や肌や顔などを隠して生活しているのは,夫以外の男性の視線に触れないようにする宗教観によるものである.こうした背景からイスラム教徒の多い国では病棟を男女で分けている場合もある.
 そのため問診で「医師や看護師は女性がよいですか?」と聞けばかならず「YES」 と答えが返ってくる.イスラム教徒の場合に必要なのは確認というより,まず医療ス タッフを女性のみにすることである.
 一方,どうしても男性医師しか対応できない場合は通訳を介して男性医師しかいないことを説明して,それでも受診するかどうかを確認する.受診希望がある場合は,多くは夫を連れて受診するので同室してもらうとよい.内診など脱衣が必要な診察では,女性看護師にサポートしてもらいバスタオルで肌を極力露出しないようにする.
 内診で患者さんと診察医の顔が見えないようにカーテンで仕切ることがある.これが外国人には自分の見えないところで診察され,不安が強くなるという意見もある.そこで内診時にはカーテン使用の有無を聞くとよいだろう.

2 )外国人の診察時に注意した方がよい医療行為

 文化の違いで日本では当たり前の医療行為でも外国人に対しては注意を要するものがいくつかある.例えば,日本人より疼痛の訴えが強く,麻薬を早期使用希望する場合もある.こうした患者が待合室にいる場合は,順番を繰り上げて患者を早く診察室に呼び入れ鎮痛薬で十分な除痛を開始することも考慮する.逆に,鎮痛の際の注意として,外国人は坐薬使用を非常に嫌がる傾向があり,日本人には坐薬を使っても外国人には使用を控え,内服や注射薬などの代替薬で対応する方がよい.

3 )外国人患者への説明

 外国人診療では日本人の 2 倍時間をかけて説明するぐらいでちょうどよい.例えば,診察前にはその行為がなぜ必要なのか,日本人には当たり前と思っても丁寧に説明す る.説明なしでは拒否される医療行為も,こうして丁寧に解説することで多くは実施 可能となる.または,説明しても NG なのであえば代替案を考えればよい.
 こうした十分な説明は,診察時だけでなく実施した検査の説明でも重要である.日本人は検査自体に満足しその結果が正常であれば,特に説明を求めない場合も少なくない.しかし外国人は正常の検査でも具体的な説明を求める.
 そこで実施した血液検査は印刷し,画像検査は必ず供覧するようにする.全く正常だとしても,正常であることを証明しながら説明するとよい.こうした血液検査の結果報告書や画像写真を用いた説明は,視覚に訴えることができるためコトバの壁がある外国人の場合は理解の助けにもなる.
 外国人患者の立場に立ってみれば,異国の地での医療行為は非常に不安が大きいも のである.この問題解決はきめ細やかなコミュニケーションでしか解決できないのだ. 十分な説明は時間がかかるが,そこは外国人診療の付加価値として実施すべきである.

4 )宗教や信条による食事制限

 イスラム教徒は豚肉やアルコールは禁忌となる.みりんや酢はアルコール成分が 入っているため忌避される場合もある.調理法についても,豚肉を調理したフライパ ンは洗っていても共有を禁忌とする場合があり注意が必要となる.
 このようなイスラム法の教義に基づき,正当に口にすることができるものを「ハラ ル」(「許可された」「合法的」の意)と言い,原料から調理まで全過程を非ハラルのも のと分離したものを「ハラルフード(ハラル食)」と呼ぶ.
 こうした外国人患者の入院食は栄養科に直接聞き取りをしてもらうとよい.その際に食事のチェックリストを作っておくことを薦める.リスト化することで食べられない食事だけでなく,調理器具の共有まで漏れなく確認可能となるからだ.
 そしてこのリストをもとに既存のメニューで対応できるか確認する.どうしても院 内で対応困難な場合は院外の外国人専用の給食委託会社に依頼してもよいだろう.当 院ではハラル対応が必要な患者さんに対しては,専門店で購入したインスタントのハ ラル食で対応しており,これも 1 つの方法である.病院・担当医が許容できるのであ れば,家族に食事を作ってもらうのも選択肢の 1 つとなる(図 36).

5 )中国・韓国・ロシアなど国別で必要な対応

 近年は訪日外国人が増えその患者対応をする病院も増え,著者も何から準備を始めればよいか聞かれることが増えてきた.その時は,まず中国語の準備を始めることを勧めている.理由は訪日外国人の多くが中国・台湾からの旅行者である.
 訪日韓国人は旅行者としては多いのだが,医療機関の受診は少ない.これは韓国人 旅行者の 90%以上が 20~30 代のため基礎疾患もなく病気・怪我になりにくいことが 理由と考えられる.さらに韓国人は日本滞在日数が平均 4.3 日と外国人平均 9.1 日に 極端に少ないため,仮に医療ニーズが発生しても,数日ぐらい我慢して帰国している ケースも多いと推測している 1).
 在留外国人の 8~9 割が日本語を話せる.日本語が話せない時も家族や職場の同僚 などが通訳として同伴することも多いため困ることは少ない.
また,ロシア人を診察する際の注意事項として英語が話せないことが多いことがある.そのためロシア通訳がいない場合は,無理に抱え込まずに近隣のロシア語対応が可能な医療機関へ紹介することを検討する.

文献
1)国土交通省 環境庁.平成 29 年訪日外国人消費動向調査【トピックス分析】訪日外国人旅行 者の訪日回数と消費動向の関係について. https://www.mlit.go.jp/common/001226295.pdf