(4)IVR(Interventional Radiology)
・産科危機的出血におけるIVR(Interventional Radiology)の占める位置は,“産科危機的出血への対応指針2017”によれば,産科危機的出血を宣言後,1直ちに輸血開始,2高次施設への搬送,に続き,子宮圧迫縫合,と子宮摘出術との間にある.つまり,産科危機的出血における止血において,子宮摘出前の最後の砦である.
・一方で,IVRに精通した放射線科の熟練医師との連携が必要であり,また全身状態が不安的な状態では施行できないというジレンマもある.このため産科医がその有用性と限界を認識することが必要である.
・日本IVR学会は,“産科危機的出血に対するIVR施行医のためのガイドライン”を2012年に公表し,2017年に改訂した(http://www.jsir.or.jp/guide_line/sanka/).本稿ではこのガイドラインを中心にさらに最近の知見を交え,現状を概観する.
CQ.緊急IVRの適応は?
回答
施行可能な医師は,産科危機的出血に対して,動脈塞栓術の施行を検討する.
解説
①産科危機的出血に対する治療法として,IVRが他の治療法と比べて優れていると
いうエビデンスは,現時点では存在しない.適応について定説はない.また,IVR医のマンパワーには施設間差,地方差があり,未だIVRへのアクセスは限定されていることにも注意が必要である.施行可能施設は日本IVR学会のホームページに記載されている.
②動脈塞栓術は手術的(観血的)止血と比較し,迅速性,妊孕性の温存の可能性,侵襲性の面で優る.繰り返し施行できる利点もある.また子宮動脈結紮術後の出血に対しても,側副血行路から出血している状況が予想されるため,動脈塞栓術は適応となる.ただ,動脈塞栓術が無効な場合は,産道裂傷などの手術が適応となる病態が存在する可能性があり,手術に切り替える柔軟性も必要である.
TAE(Transarterial embolization)の適応となり得る疾患
①弛緩出血
②前置胎盤,癒着胎盤出血
③癒着胎盤遺残による出血
④子宮内反症
⑤産道裂傷
⑥子宮摘出後の出血
なお,子宮破裂による危機的出血の場合,原則として開腹手術が行われるが,不全破裂や手術困難例などではTAEの適応となり得る.また,外科的に止血が困難な場合にも実施する適応がある.
CQ.緊急IVRにはどのようなものがあるか?(図52)
以下のような手技を行う.
1.出血点の同定のために卵巣動脈起始レベルより上部から大動脈造影を行う.
2.出血点が明らかである場合は,可能な限りこれを選択的に塞栓する.
3.出血点を選択的に塞栓できない場合,もしくは出血点が明らかではない場合は,可能な限り両側子宮動脈を塞栓する.
4.3が不可能な場合や,3にて止血が得られない場合は,両側内腸骨動脈前枝から塞栓する.
5.4にても止血が得られない場合は,出血の原因となり得る他の動脈枝を造影し,出血点を検索後に適宜塞栓する.
6.子宮動脈を塞栓して止血がえられないときにチェックすべき動脈・卵巣・内腸骨:閉鎖,中結腸,正中仙骨,腸腰動脈・外腸骨:外陰部,腸骨深回旋,円靱帯・(頸部から腟):内陰部,中結腸
7.塞栓物質は原則として,両側子宮動脈,内腸骨動脈前枝を塞栓する場合はゼラチンスポンジ細片,凝固能が破綻している時にはNBCA-lipodolが推奨される.
8.動脈穿刺,子宮動脈の選択がbottleneckである.日頃から,USを使った動脈穿刺,子宮動脈分岐形式の熟知,斜め25度の斜位での撮像,などで,有事に備える.
CQ.緊急IVRの合併症は?
回答
1.分娩時異常緊急止血に対する動脈塞栓術の合併症頻度は6~7%である.
2.重篤なもの(子宮壊死などのために子宮摘出を要するようなもの)は稀である(1.6%未満).
3.軽度の発熱などの塞栓後症候群が起こり得る.
解説
米国IVR学会の分類に準拠して報告された合併症のうち,2.に該当するものは
・Major Complications
D.Require major therapy, unplanned increase in level of care, prolonged hospi
talization(>48hours).1血管造影手技:後腹膜血腫2目的血管(内腸骨動脈)の塞栓に関連するもの:内膜炎,内膜感染,腟壊死3目的外血管の塞栓:膀胱の壊疽および膀胱壁の壊死,腟瘻孔,直腸壁の壊死,小腸壊死,大腿動脈,脛骨動脈の塞栓,遠位の虚血性疼痛,筋肉の壊死4その他:出血に起因する心原性肺水腫,一過性の腎不全.
E.Permanent adverse sequelae.1目的血管(内腸骨動脈)の塞栓に関連するもの:子宮壊死(合計19例),腟瘻孔,内膜虚血の結果として子宮腔内癒着(Asherman症候群).
F.死亡(Death).報告は12例あった.死因の記載があったものは脳出血2例,出血多量2例で,動脈塞栓術で治療後,原疾患のため死亡した.塞栓術による合併症のため死亡した例はなかった.