6.内科的合併症
(1)甲状腺機能異常
1 )甲状腺機能低下症
○妊娠初期の女性にルーチンに甲状腺機能のスクリーニングを行う意義は確立されていない.
○妊娠初期女性の顕性甲状腺機能低下症(遊離サイロキシン(fT4)低値かつ甲状腺刺激ホルモン(TSH)高値)は約0 . 3 %,潜在性甲状腺機能低下症(fT4 正常値,TSH 値軽度上昇)は約3 %に見られる.
○妊娠初期女性の6 . 7%が抗甲状腺ベルオキシダーゼ(TPO)抗体陽性で,抗TPO 抗体陽性の場合の潜在性甲状腺機能低下症(TSH > 4 . 9μIU/㎖)の頻度は1 . 2%であり,TSH > 2 . 5μIU/㎖の頻度は11 . 9 %とされる.
○妊娠中は甲状腺ホルモン需要量が非妊娠時の約1 . 3~1 . 5 倍に増大するため,顕在性甲状腺機能低下症はもちろん,潜在性甲状腺機能低下症や慢性甲状腺炎(橋本病)でも需要増大に対応できず,流早産が増加,妊娠高血圧症群,常位胎盤早期剝離などのリスクが増加する.
○抗TPO 抗体,抗サイログロブリン(Tg)抗体などの甲状腺自己抗体陽性例では陰性例に比較し,原因不明の不妊は1 . 5 倍,流産は3 . 73 倍,反復流産は2 . 3 倍,早産は1 . 9 倍,産後甲状腺炎は11 . 5 倍の発生とされる.
○不育症女性の甲状腺自己抗体陽性率は健常女性の2~7 倍であるが,抗体が直接的に流産を起こすのではなく,甲状腺機能低下症や流産に関与する他の自己抗体の関与が推測されている.
○妊娠初期に,顕性甲状腺機能低下症(甲状腺自己抗体の有無にかかわらず)や,潜在性甲状腺機能低下症(TSH 値2.5μIU/㎖以上)で甲状腺自己抗体陽性の場合には,内科と連携してレボチロキシン投与を行う(表5).
○潜在性甲状腺機能低下症(TSH 値2.5μIU/㎖以上)で甲状腺自己抗体陰性の症例へのレボチロキシン投与の有効性は確定されておらず,症例ごとに検討する.
2 )甲状腺機能亢進症
○甲状腺機能亢進症は早産,死産などのリスク因子となることが知られ,流産と関連するとの報告も見られる.
○抗甲状腺薬にはチアマゾール(MMI:メルカゾール®)とプロピルチオウラシル(PTU:チウラジール®/ プロパジール®)がある.
○MMI が第一選択薬として処方されるが,出生児の頭皮欠損の報告があり,挙児希望または妊娠中の女性には内科と連携してPTU が処方されることが多い.
○妊娠一過性甲状腺機能亢進症(GTH)は妊婦の1 . 5~3 %に見られる.TSH と構造上の類似性があるhCG の上昇によるため,妊娠中期に自然治癒することが多いが,内科への紹介,TSH レセプター抗体(TRAb)等の測定を行う.
(2)糖尿病
○妊娠中の糖代謝異常には,妊娠糖尿病(GDM),妊娠中の明らかな糖尿病,糖尿病合併妊娠の3 つがあり,GDM は,「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常」と定義される.
○妊娠中の診断基準は表6 のとおりである
○早産,妊娠高血圧症候群,羊水過多症,巨大児(それに伴う肩甲難産などの分娩障害),胎児奇形,新生児の低血糖,高ビリルビン血症,低カルシウム血症,呼吸窮迫症候群などのリスクが高まり,管理不良例では,胎児奇形なども含め流産率が上昇するとされる.
○妊娠前に上記のような糖尿病が見られる場合は,治療することが望ましい.
○多囊胞性卵巣症候群(PCOS)女性は,GDM の発症頻度が高く,流産,死産,妊娠高血圧症候群の発症リスクは高いため,挙児希望例では耐糖能検査を行う.
(3)全身性エリテマトーデス(SLE)
○患者の約9 割が生殖可能年齢の女性であるため妊娠への影響が問題となる.
○流産,妊娠高血圧症候群,胎児発育不全,死産,新生児死亡率は高く,抗リン脂質抗体陽性例ではより高率である.
○抗SS-A/Ro 抗体や抗SS-B/La 抗体陽性の場合は,胎児の完全房室ブロックを念頭に健診を行う.
○妊娠前の診断例が多く,内科と連携して計画的な妊娠を考慮する.
○妊娠しても比較的安全とされる条件として,① SLE の病態がステロイド(プレドニゾロン:PSL,プレドニン®)維持量で10 カ月以上(少なくとも6 カ月以上)寛解状態にある,② SLE による重篤な臓器病変がない,③ステロイドによる重篤な副作用の既往がない,④出産後の育児が可能である,などが挙げられている.
○ステロイドを使用している場合には,胎児発育不全や前期破水の頻度が上昇する.抗リン脂質抗体症候群合併症では,流死産の予防のためにヘパリンや低用量アスピリンなどによる抗凝固療法が行われる.