6.末梢神経障害
(1)がん薬物療法に伴う末梢神経障害
1 )がん薬物療法による末梢神経障害(CIPN)の診断,頻度,病態1)
・ 神経障害を来し得るがん薬物療法を施行中に,新たにしびれや痛みを四肢末端などに感じた場合,がん薬物療法による末梢神経障害(CIPN:chemotherapy-inducedperipheral neuropathy)と判断するのが一般的である.
・ 必要があればギランバレー症候群(GBS)や慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)の鑑別のための髄液検査を行う.一般的に GBS や CIDP では髄液蛋白が増加し,CIPN では髄液蛋白は正常ないし軽度増加となる.
・ CIPN を症候学的に分類すると感覚神経障害,運動神経障害,自律神経障害に分類される.
・ 感覚神経障害は,しびれあるいは感覚鈍麻,チクチク感,疼痛として表現される.
・ 運動神経障害は,四肢遠位部優位の筋萎縮と筋力の低下,弛緩性麻痺を呈する.四肢の腱反射の低下や消失がみられ,それは遠位にいくほど顕著となる.
・ 感覚障害をまったく伴わない運動神経障害が出現した場合は,他の疾患を念頭においた精査が必要である.
・ 自律神経障害は,血圧や腸管運動,不随意筋に障害が発生し,排尿障害や発汗異常,起立性低血圧,便秘,麻痺性イレウスなどがみられることがある.
・ 各薬剤と神経症候の関係を表14 に示した.
2 )マネジメントの実際(図14)
・ CIPN の重症度は有害事象共通用語基準(CTCAE:common terminology criteria for adverse events)で表される.
Grade1 慎重にがん薬物療法を継続しながら経過観察.
Grade2 以下の薬物を検討する.
・ 予想される有害事象や薬物相互作用を考慮しCIPN への薬物を投与しないという選択もある.
・ 投与することの弱い提案に該当する薬剤:デュロキセチン
・ うつ病の薬であるが,セロトニンおよびノルアドレナリン再取り込み阻害にて下行性疼痛抑制系神経を賦活することで疼痛を抑制する.Smith らや平山らの研究でCIPN への効果が期待できると報告された.
・ CIPN への確立された投与量はないが,上記日本人を対象にした臨床試験では糖尿病の神経障害と同様にデュロキセチン20㎎朝食後1 回投与を1 週間,その後40㎎朝食後1 回に増量している.30㎎を1 週間,のち60㎎を4 週間投与する報告もある.
・ がん治療中の患者へ投与する場合は特に有害事象や薬物相互作用などに注意が必要である.頻度の高い有害事象として眠気,倦怠感,悪心があり,車の運転は控えるよう指導する.またワルファリンカリウムや非ステロイド性消炎鎮痛薬と併用する時は出血傾向の増強に注意を要する.現状では保険適用外使用となる.
・ 投与することの有効性は明らかでないが許容される薬剤 ビタミンB12,プレガバリン,非ステロイド性消炎鎮痛薬,オピオイド投与量や有害事象については各薬剤の添付文書などを参照のこと.
Grade3
・ Grade3 に近くなれば被疑薬の変更,減量,中止を以下のように検討する.
・ 進行固形がん患者においてCIPN 症状が強い場合,適切な代替薬が存在するのならば,変更するのがよい.代替薬が存在しない場合は被疑薬の減量や中止を考慮することになるが,抗腫瘍効果も減弱するので,メリット,デメリットに関する熟慮とインフォームドコンセントが必要となる.
・ 被疑薬の減量や中止を考慮する際には,単にCTCAE のGrade だけではなく治療の目的(緩和的なのか根治を目指しているのか)や,患者の価値観に耳を傾ける必要がある.
・ 被疑薬の中止後はCIPN の症状はゆっくりと回復することが多いが,一部の患者では症状が継続する場合もある.
3 )今後の展望
・ 現在臨床試験中の神経保護薬の登場が期待される.
・ 理学的方法では,タキサン系製剤によるCIPN に対する圧迫療法や冷却療法の効果が報告されている.特に冷却療法では冷却グローブおよびソックスを用いることにより,パクリタキセルによるCIPN の予防ができたとする質の高い研究結果が報告された.しかし,この施行は専門的知識を要する医療スタッフ,-30℃の冷凍庫,冷却グローブおよびソックスが必要であり,現在は特定の施設で臨床試験でのみ施行可能な手技と思われる.また運動がCIPN の予防に有効であったとの報告が多く出てきているため,今後高いレベルのエビデンスの構築が望まれる.
(2)薬物療法に伴うもの以外のがん患者の末梢神経障害
・ 腫瘍による直接圧迫や浸潤,免疫学的交差反応(腫瘍随伴症候群),放射線治療,幹細胞移植,低栄養,感染,血液の過粘稠,アミロイドーシスなどが原因となる.
1 )がんによる直接的圧迫,浸潤で末梢神経障害が起こる場合
・ 転移の存在部位によって上殿皮神経障害,梨状筋症候群,腕神経叢障害などを起こし得る.該当する部位の疼痛を呈する.
・ 治療は原疾患への薬物治療の他に放射線治療,薬物による疼痛コントロールや神経ブロックを考慮する.
2 )腫瘍随伴症候群として末梢神経障害が起こる場合
・ 多数の疾患があるが,代表的なものとしてsubacute sensory neuropathy がある.亜急性の経過で後根神経節の感覚神経細胞が自己免疫機序で障害され,血清あるいは髄液検査で抗Hu 抗体が検出されることが多い.感覚障害が四肢遠位部から生じることが多いが,左右非対称である.原因疾患としては肺癌が多いが,卵巣癌での報告もある.
・ がん患者で説明のつかない神経学的症状を診たら,腫瘍随伴症候群も考慮することが重要である.
文献
1) JASCC がん支持医療ガイドシリーズ.がん薬物療法に伴う末梢神経障害のマネジメントの手引き2017 年版.
一般社団法人日本がんサポーティブケア学会 編集.金原出版,2017.
2)Cavaletti G, et al. Chemotherapy-induced neuropathy. Curr Treat Opeions Neurol. 2011, 13, 180-190.