(7)羊水塞栓症

1)病因,病態

・羊水塞栓症は,羊水が母体に流入して肺塞栓などの物理的塞栓が発生すると長らく考えられていたが,近年,主な発生機序は羊水に対するアナフィラクトイド反応と考えられている.
・羊水は夫抗原由来の異種蛋白を含んでおり,その羊水が母体血中に流入すると自然免疫系が反応する.この反応が過剰に発生した場合がアナフィラクトイド反応ある.
・羊水塞栓症のアナフィラクトイド反応では補体系,キニンカリクレイン系の活性化により子宮や肺を中心に急激に血管透過性が亢進し,間質に血管浮腫が発生し子宮弛緩症・肺水腫となる.その結果,出血量に見合わない低血圧やDICが発生する(図36).
・羊水塞栓症の発症リスクとして,羊水成分が母体血中に流入しやすい状況が考えられる.具体的には帝王切開,産道裂傷,誘発分娩,器械分娩,前置胎盤などが挙げられる.

2)病型および診断

●羊水塞栓症の臨床診断
・救命するためには臨床的に羊水塞栓症を診断することが重要である.
①妊娠中または分娩後12時間以内に発症した場合
②下記に示した症状・疾患(1つ以上)に対して集中的な医学治療が行われた場合
 A)心停止
 B)分娩後2時間以内の原因不明の大量出血(1,500mL以上)
 C)播種性血管内凝固症候群
 D)呼吸不全
③観察された所見や症状が他の疾患で説明できない場合
・以上の3つを満たすものを臨床的羊水塞栓症と診断する.上記のA)とD)を主体とするものを心肺虚脱型,B)とC)を主体とするものを子宮型と細分類する.また子宮や肺などの病理組織が解析された症例では心肺虚脱型羊水塞栓症,子宮型羊水塞栓症と分類する(図37).
・この診断基準はあくまで早期に治療を行うためにあり,この基準を満たすものの中には羊水塞栓症以外のものが含まれる可能性はある.
・分娩後あるいは手術時に子宮のサイズと硬度を記録しておくことは羊水塞栓症の臨床的診断のために重要である.

3)子宮型羊水塞栓症と弛緩出血との鑑別

・通常の弛緩出血は,子宮平滑筋疲労による子宮過伸展(多胎,羊水過多,巨大児),子宮内感染,薬剤(子宮収縮抑制薬),遷延分娩,誘発分娩後などに生じやすいが,オキシトシンや麦角剤などの子宮収縮薬で改善することが多い.一方,子宮型羊水塞栓症は,アナフィラクトイド反応により子宮の急性炎症と子宮の血管透過性が亢進するもので,重度の子宮弛緩症を呈する(表20).
・子宮型羊水塞栓症の早期診断基準として日本産科婦人科学会の周産期委員会から以下のように提案されている.

4)検査(検査可能な施設ならば以下の検査を行う)

①画像検査
・超音波断層法やCTなどにより後腹膜血腫や腟血腫などの血腫を形成する疾患でないことを確認する.
・アナフィラクトイド反応による血管透過性亢進の結果,CTで急性の肺水腫や皮下
浮腫が観察されることが多い.
②血液検査
・フィブリノゲンとFDP,D-dimer,CBCを測定する.
・DICが急激に進行することからフィブリノゲンを早期に測定する.また,羊水塞栓症のDICは典型的な線溶亢進型であるので,早期診断にはFDP,D-dimerの測定も行う.
③血清マーカー
・浜松医科大学で測定している血清マーカーとして,亜鉛コプロポルフィリン(Zn-CP1),シアリルTn(STN),C3・C4・C1インヒビターがある.Zn-CP1やSTNは羊水流入マーカーで,C3,C4,C1インヒビターはアナフィラクトイド反応を把握するために用いられる.

①病態の把握および初期対応
・羊水塞栓症を始めとする産科ショックでは初期対応と並行してマンパワーを集める
ことと,可及的速やかに患者をICUに移動させ全身管理を行うことが大切である.
・鑑別診断および羊水塞栓症の初期対応としては妊産婦死亡症例評価委員会(代表池田智明)の「母体安全への提言2011Vol.2」などを参考に行う(図38).
・心肺虚脱の羊水塞栓症では未だに救命することが困難な症例も多数あるが,迅速な初期対応は予後を大きく左右する.
・子宮型羊水塞栓症はDICの早期対応によって救命率は上がると考えられる.心肺虚脱型羊水塞栓症における最近の浜松医科大学の肺組織解析では,肥満細胞の活性化が細気管支と肺動脈の周囲に顕著に認められることが多いことから蘇生処置におけるアドレナリン投与の重要性が示唆されている.

②DIC対策
・DIC対策のポイントは早期からの凝固因子の大量補充と抗線溶療法である.
・DIC 療法の具体例
1)新鮮凍結血漿(FFP-LRとして1,200~1,800mL)(赤血球-LR投与量は出血の程度で決める)
2)アンチトロンビン3,000単位あるいはトロンボモジュリン380U/kg投与 3)トラネキサム酸2~4g投与(1時間程度で)
4)ウリナスタチン30万単位投与
5)フィブリノゲン製剤3g投与(未承認)

③外科療法
・子宮腔内へバルーンタンポナーデを挿入して出血が減少するかをみる.効果が得られなければ,子宮動脈塞栓術を考慮する.しかし,羊水塞栓症は多くの場合アナフィラトキシンが子宮に大量発生していることが多く,子宮全摘術によって原因が除去され病態が改善に向かうことが多い.