Q1.脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)が成功しない場合の対応は?

ポイント

  • 脊髄くも膜下麻酔不成功時にも安易に全身麻酔に移行せず,脊髄くも膜下麻酔を成功させるための工夫を行う.
  • それでも成功しない場合は帝王切開自体の緊急性を確認し,緊急性が乏しい場合には無理せずに高次機関に母体搬送したり,麻酔科医の応援を呼んだりすることを検討する.
  • 帝王切開の緊急性が高いと判断された場合であっても全身麻酔のリスクを認識して,全身麻酔を避ける努力をする.
  • このような事態を避けるためには,脊髄くも膜下麻酔を導入する前に気道確保困難のリスク評価を確実に行い,気道確保困難が予測される場合は無理せずに高次施設に紹介する.

(1)はじめに

  • 脊髄くも膜下麻酔の腰椎穿刺に成功しなかった場合や,期待した麻酔効果が得られなかった場合の選択肢は
    ①高次施設に搬送する
    ②自施設でなんとか帝王切開を完遂する
    となる.
  • 緊急度が高い場合には②を選択せざるを得ないが,安易に全身麻酔を選択すると母体に誤嚥や気道確保困難などの生命にかかわるリスクを負わせることになるので,可能な限り全身麻酔を避ける努力を徹底すべきである.脊髄くも膜下麻酔不成功時の対策をフローチャート(図13)に示す.
  • ポイントは,帝王切開の緊急度が低い場合には母体搬送を躊躇しないこと,緊急度が高く自施設で分娩を完遂しなければならない場合であっても安易に全身麻酔を選択しないことの二点である.特に気道確保困難のリスクが高い場合には,局所浸潤麻酔で帝王切開術を施行する選択肢も考慮すべきである.

(2)体位の確認(側臥位)

  • 脊髄くも膜下麻酔不成功のリスクファクターとしてはいくつかあるが,穿刺時の体位がうまく取れていないことがほとんどである.
  • 特に側臥位では患者に力が入ってしまい体幹が捻れていることが多い.このような場合は,一旦,手技を中断して患者をリラックスさせ改めて体位を取り直すことが有用である.その際には麻酔を担当する医師も力を抜いて,患者の背中だけでなく全体を見渡し,よい姿勢が取れていることを確認することが重要である(図14).

(3)体位の変更(座位)

  • わが国では脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔は側臥位で穿刺することが多いが,諸外国では座位で穿刺するのが一般的である.座位では側臥位に比べ体幹の捻れが少なくなるので,肥満の妊婦の穿刺時にも有効である.普段から座位での穿刺に慣れておくことをおすすめする.

(4)脊髄くも膜下針の変更

  • 最近,硬膜穿刺後頭痛のリスクを低減させるために脊髄くも膜下麻酔には従来の斜断針(Quincke needle)の代わりにペンシルポイント針を使用することが推奨されている.しかしペンシルポイント針ではガイド針を用いるために穿刺部位や穿刺方向の修正が困難なことがある.このような場合は,ペンシルポイント針の代わりに斜断針を用いることで脊髄くも膜下麻酔の成功率が改善することが期待される.

(5)needle through needle 法を用いた脊髄くも膜下麻酔

  • 脊髄くも膜下麻酔に比べ硬膜外麻酔では,針先が靱帯を切る感覚が明確に伝わるので,針先が解剖学的に正しい位置にあるかどうかが分かりやすい.したがって,麻酔科医の多くは脊髄くも膜下麻酔よりも硬膜外麻酔の方が手技的には容易であると考えている.そこで硬膜外麻酔針を利用して脊髄くも膜下麻酔を行うことも選択肢として挙げられる.
  • これは,硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔を併用するCSEA(combined spinal-epiduralanalgegia)の際に行うneedle through needle 法を用いたもので,硬膜外麻酔針を用いて硬膜外腔を同定した後に硬膜外針の内腔に脊髄くも膜下針を進めてくも膜を穿刺する方法である.CSEA では,この後脊髄くも膜下針を抜去し,硬膜外カテーテルを留置することになる.
  • 上で説明したように硬膜外針の針先が解剖学的に正しい位置にあるかどうかが分かりやすいので,硬膜外穿刺やくも膜下穿刺の成功率も上がる.この方法を用いてくも膜下穿刺に成功すれば,あとは通常の脊髄くも膜下麻酔として管理することも可能である.脊髄くも膜下麻酔と硬膜外麻酔の十分な経験があるのであれば,trouble shooting の1つの方法として検討してもよいかもしれない.

(6)全身麻酔を避ける努力

  • 上記(2)~(5)の方法のいずれも成功しない場合は,帝王切開の緊急性を確認し緊急性が乏しい場合には無理せずに高次機関に母体搬送することも検討していただきたい.
  • 緊急度が高い場合や母体搬送がなんらかの理由で困難な場合は,自施設で分娩を完遂せざるを得ないが,妊婦の気道確保は困難であるので全身麻酔の十分な経験がない産科医が安易に全身麻酔を選択することはお勧めしない.
  • もし麻酔を担当する産科医が硬膜外麻酔による無痛分娩の十分な経験があるなら,脊髄くも膜下麻酔に固執せずに硬膜外麻酔に変更するのも一案である.ただし,硬膜外麻酔だけで帝王切開術に必要な十分な麻酔深度を達成するには経験を要する.また硬膜外カテーテルがくも膜下や血管内に迷入していた場合には,高位脊髄くも膜下麻酔や局所麻酔薬中毒などの重篤な副作用を引き起こすので,これらに対応できない状況では安易に硬膜外麻酔を選択すべきではない.
  • もし気道確保困難や誤嚥のリスクが高い場合は,患者にとっては苦痛であるが母児の生命を優先して創部の局所浸潤麻酔とケタミンの筋肉内注射(あるいは静脈内注射)などの方法で乗り切ることも考慮すべきである.ただし,この場合には術後に患者とその家族に十分な説明と術後の精神的ケアを考慮すべきである.

(7)事前の気道確保困難のリスク評価の重要性

  • 最近,帝王切開のための脊髄くも膜下麻酔が成功せず全身麻酔に移行する際に気道確保困難に遭遇して妊産婦死亡に至る事例が複数発生している.そこで2019 年度の母体安全への提言(https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2020/11/botai_2019.pdf)では「帝王切開が予定されている妊産婦では気道確保困難のリスクを事前に評価し,ハイリスク症例は高次施設への紹介を検討する」と,具体的な術前気道評価の項目と共に示された(表4).

  • ただし妊婦ではもともと気道確保困難のリスクが高く,特にフルストマックの妊婦では誤嚥のリスクも伴うので,例えこれらの項目でリスクが認められなくても肥満患者や側弯症のある患者など脊髄くも膜下麻酔が困難であると予測される患者も無理せず高次施設へ紹介することを検討すべきである.