(1)はじめに
- 前置癒着胎盤の術中平均出血は3,000~5,000mL であり,90%の患者が輸血を受け,そのうち40%は10 単位以上の赤血球濃厚液を要したという報告がある.したがって,前置癒着胎盤の管理は周産期および婦人科腫瘍の経験豊富な医師と関係診療科・部門の協力が不可欠である.
- 前置癒着胎盤の治療は原則,帝王切開時の子宮摘出である.しかし,出血量を軽減するために二期的に子宮を摘出する施設も少なくない.また,胎盤が浸潤している子宮壁および周辺臓器の一部をen bloc に摘出し,子宮を温存する方法も報告されている.筆者らは,帝王切開時に全胎盤あるいは胎盤の一部を子宮内に残した状態で閉腹し,胎盤の自然消失を待つ保存療法を行っている.
- 治療方針を決定する際はそれぞれの対処法の長所と短所を十分に理解した上で,患者および家族に説明する必要がある(表12).本稿では,筆者らが行っている前置癒着胎盤の保存療法の管理について紹介する.
(2)前置癒着胎盤の管理
1 )術前準備
①日程・麻酔
- 前置癒着胎盤が強く疑われる場合は,突然の大量出血による緊急手術を回避するため,警告出血がなくても妊娠34~35 週末に計画的に帝王切開を予定する.
- 麻酔方法の判断は麻酔科に委ねる.
②輸血
- 十分な輸血の準備(赤血球濃厚液と新鮮凍結血漿は1:1の割合)を行う.
- 可能であれば自己血を800~1,200mL 貯血し,手術時は回収式自己血輸血装置を用意する.
③手術室
- 高画質な血管造影装置を備えたハイブリッド手術室がある場合にはハイブリッド手術室を確保する.患者を移送することなく,その場で血流遮断用の血管内バルーンカテーテル留置や動脈塞栓術が可能である.
④体位
- 術中に腟から流出する出血の程度を適宜評価するため適切な支脚器(レビテーターⓇなど)などを用い,浅い開脚位をとる.
⑤尿管ステント
- 出血が制御できずに子宮摘出が必要となった場合に尿管損傷を回避するため,尿管ステント(シングルJ カテーテル)を留置する.
⑥出血制御
- 前置癒着胎盤の最大の課題は術中出血の制御である.筆者らは術前に血流遮断用のバルーンカテーテルを総腸骨動脈に予防的に留置している.カテーテルを留置する際に胎児徐脈が出現することもあるので,胎児心拍数モニタリングを行う.血流遮断の程度を評価するため両側趾にパルスオキシメーターを装着する.胎児の放射線被爆に留意し,照射線量を計測する.
(3)帝王切開術の実際
1 )開腹~児娩出
- 下腹部正中切開で開腹する.
- 膀胱子宮窩腹膜周囲の怒張血管の有無や子宮壁から胎盤が透けて見えないかを確認する.血管の著しい増生が無ければ膀胱子宮窩腹膜を横切開し膀胱を十分に子宮から剝離する.この操作をあらかじめ行うことで,前壁の胎盤剝離面から強出血した場合に,安全にU 字縫合を行うことができる.
- ただし,肉眼所見で前置癒着胎盤を疑う場合は膀胱の剝離を行わない.超音波断層装置を用いて胎盤の位置を確認し,縦切開や通常より高位の横切開を用いるなど胎盤から十分離れて子宮筋を切開し,児を娩出する.
2 )子宮収縮剤の投与
- 筆者らは胎盤の自然剝離の有無を確認するため全例で十分な子宮収縮剤を投与している.
- 児を娩出後,直ちにオキシトシン10 単位を細胞外液に混和し急速に点滴静注する.
- 収縮が不良であれば子宮筋にオキシトシン5単位やメチルエルゴメトリンマレイン酸塩0.2㎎を局所投与する.また,オキシトシン20 単位(4アンプル)とジノプロスト4㎎(4アンプル)を生理食塩水40mL に混和し,6mL/ 時で投与を開始している.
3 )臍帯牽引
- 無理な胎盤用手剝離は大量出血を来すため厳禁である.
- 癒着胎盤が疑われ子宮を摘出した症例の22%は偽陽性であったという報告があり,開腹所見で積極的に癒着胎盤を示唆する所見を認めない場合は,臍帯を軽く牽引し,癒着の有無を確認している.
4 )胎盤剝離の程度に応じた対応(図61)
①全胎盤が剝離
- 通常の前置胎盤と同様に対応する.
- 出血が湧き上がる場合は,内子宮口近くでU 字縫合を1~2針行い出血を減少させる.その後,子宮筋切開創からアトム止血子宮用バルーンⓇを腟へ誘導し圧迫止血する.
②胎盤剝離なし
- 胎盤付着面からの出血は認めないのでそのまま全胎盤を残置し閉腹する.
③胎盤の一部が剝離
- 保存療法の成否は出血の制御による.
- 以下に示す複数の出血量軽減法を併用し止血を行う.出血が制御できない場合は保存療法に固執せず,速やかに子宮摘出を決断する.
a.用手圧迫
- 胎盤剝離面にヒモ付きガーゼを押しあて,手指で前後に挟み込む.
b.血流遮断
- 血栓症を防止するためヘパリン3,000 単位を静脈内に投与する.
- 事前に留置した血管内のバルーンを膨張させ,両側趾のパルスオキシメーターの波形が減弱することを確認する.SpO2 が低下する場合や出血量が減少しない場合は,バルーンの位置や容量を調整する.
- 癒着胎盤では側副血行路が形成されており,総腸骨動脈や大動脈の血流をバルーンカテーテルにより遮断しても出血が制御できないことがある.
c.剝離胎盤の結紮・切除
- 自然に剝離した胎盤を結紮・切除する.
- 胎盤断面からの出血を軽減するため筋層と胎盤を一緒にU 字縫合を行うこともある.
d.子宮内バルーンタンポナーデ
- 胎盤の大部分が自然に剝離し,子宮口からカテーテルのシャフトを腟へ誘導できる場合には,前置胎盤と同様の手法で子宮内バルーンタンポナーデを行う.ただし,前置胎盤では一般にバルーン容量は100mL でよいが,筆者らの経験では,前置癒着胎盤の症例では止血に300mL 程のバルーン容量を要する.
- 胎盤が子宮口を完全に覆っている場合には,筆者らは子宮内に留置したバルーンのシャフトを子宮壁および腹壁を経由して体外へ出すバルーン変法(図62)を用いている.本法のポイントは,①バルーンが子宮内で動かない(隙間がない)ようにバルーンの容量,個数を調整する,②バルーンは腹壁から抜去可能なフォーリーカテーテル(3way)を用いる,③月経瘻や腹壁瘢痕ヘルニアが起きないようにカテーテルのシャフト間は隔てて子宮壁や筋膜を縫合するの3点である.
- 具体的には,50mL の滅菌水で膨らませた22Fr のフォーリーカテーテルバルーンを複数個(通常3個)用意し,バルーンが子宮内で自由に動かなくなるまで次々に子宮腔内に留置する.子宮筋切開創を単結紮縫合で閉創後に,子宮腔内に留置した各バルーンに50mL の滅菌水を追加する(各バルーン容量は合計100mL).バルーンの位置と子宮腔内への血液貯留の有無を超音波断層装置で確認する.バルーンのシャフトは子宮壁および腹壁を経由して体外へ出し,翌日経腹的に抜去する.
e.血流遮断の解除,止血確認,閉腹
- 血流遮断を解除し,止血を確認する.
- 腹壁から体外へ子宮内バルーンのシャフトを出している場合は,腹腔内にドレーンを留置して閉腹する.IVR のシースは術後24 時間以内の大量出血に備えて留置したまま帰室し,翌日に抜去する.
(4)術後管理
1 )退院許可と通院間隔
- 長期にわたり,大量出血,感染,敗血症,血液凝固障害,持続する不正性器出血や下腹部痛が起きる可能性があるため,慎重な経過観察が必要である.
- 筆者らが最初に保存療法を行った症例ではおよそ2カ月間入院管理を行ったが,長期の入院が大量出血や感染のリスクを低減させるというエビデンスはない.したがって,患者および家族が早期の退院を希望する場合は,大量出血や急な高熱など合併症が発生した場合の対応をよく相談の上,術後1週での退院を許容している.
- 通院間隔は,血中hCG 値が検出感度未満あるいは超音波カラードプラ法で胎盤血流の消失が確認されるまでは1~2週ごと,その後胎盤の消失が確認されるまでは1~2カ月ごととしている.また,月経再開後に一度は受診するよう指導している.
2 )出血への留意
- 筆者らは胎盤血流がある間は大量出血を来す可能性があると考えている.
- 自験例では残置した胎盤の血流は平均8.9 ± 1.7 週で消失した.血中hCG 値が検出感度未満となる時期と胎盤血流が消失する時期はほぼ同じであり,血中hCG 値を胎盤血流の消失を予測する指標として通院ごとに測定している.大量出血が起きた場合は,まずは子宮動脈塞栓術で出血の制御を試み,止血を得ることができれば胎盤の自然消失を待機する.
3 )感染リスク
- 胎盤を残置した場合の予防的抗生剤投与の意義は不明である.筆者らは,抗菌薬は術後3~4日の投与にとどめている.経過観察中は,上行感染防止のため内診はできるだけ避け,経腟超音波検査と腟鏡を用いた診察のみ行う.
- 突然の高熱や炎症反応の上昇を認めることがあるため,外来で定期的に血液検査(血算,CRP)を行い感染徴候の有無を評価する.
4 )血液凝固障害
- 残置した胎盤に起因すると考えられる血液凝固障害が報告されている.したがって,血算,CRP に加えて血液凝固系検査も定期的に行う.
5 )メトトレキサート(MTX)
- MTX を用いた報告は多数あるが,MTX は細胞の分裂過程に作用するため増殖の乏しい分娩後の絨毛細胞には効果が乏しいことが予想されるため,筆者らは使用していない.
6 )予防的子宮動脈塞栓術
- 子宮動脈塞栓術を行い,胎盤血流の減少や出血リスクの低減,胎盤吸収の促進を図る試みが報告されている.しかし,その効果について信頼性の高いエビデンスは得られていない.症例数は少ないが,自験例においても胎盤血流や胎盤そのものの消失時期は,子宮動脈塞栓術の有無に左右されなかった.子宮動脈塞栓術は,子宮壊死や難治性の感染など重篤な合併症を来すリスクもあるため,筆者らは予防的な子宮動脈塞栓術は行っていない.
(5)おわりに
- 前置癒着胎盤の管理指針は未だ確立していない.
- 本稿で紹介した保存療法は,子宮摘出や大量出血,膀胱損傷を回避できる合理的な治療法であるが,数カ月にわたり出血や感染のリスクがあるため,患者,家族はもちろん,医療チームも経過観察の方法と意義を十分に理解し,忍耐強く待機する必要がある.前置癒着胎盤に対して様々な工夫が各施設で行われており,今後,わが国における前置癒着胎盤の症例が蓄積され,より安全かつ有用な管理方法が開発されることを期待する.