ポイント
- 癒着胎盤のリスク評価を事前に行い,自施設での対応が困難な場合は高次施設に紹介する.
- 事前に予測ができずに癒着胎盤に遭遇することもあるので,本稿の記載内容を常に念頭において,それぞれの状況に合わせた対応を行うように心がける.
(1)はじめに
- 癒着胎盤における癒着部位では機能的な内膜あるいは子宮筋層が欠損しており,胎盤剝離面におけるいわゆる「生物学的結紮」が適切に機能せず大量出血となりやすい.本項では,帝王切開時に胎盤剝離困難を生じる癒着胎盤の場合の対応の要点を説明する.
(2)術前の予測と準備について
- 癒着胎盤の存在を完全に予測することは困難とされている.しかし,臨床的背景と画像所見(表5)に基づいて,事前にリスクが高い妊婦を把握しておくことは重要である.
- 既往帝王切開創部に胎盤がある場合は膀胱への浸潤の可能性を念頭に置く.浸潤が深い場合(穿通胎盤など)は直接的所見が確認できる場合もあるが,単純癒着胎盤あるいは侵入胎盤では,間接的所見を手掛かりに癒着胎盤のリスク評価を行う.
- 癒着胎盤を疑う場合は,輸血および出血のコントロールに必要な対応の準備をする.自施設での対応が困難であれば,なるべく早い時期に高次医療機関に紹介する.
- 重度の癒着胎盤が予測される場合,高次医療機関では,内腸骨動脈,総腸骨動脈,あるいは大動脈内バルーンカテーテルの術前留置を検討する.
(3)帝王切開時の対応
1 )胎児娩出前(術前に癒着胎盤が予測されている場合)
- 下腹部横切開より正中縦切開の方が十分な術野を確保しやすく,必要に応じて頭側に切開を延長できる.胎児娩出前に,癒着胎盤に伴う子宮表面の変化,膀胱浸潤や側副血行路の怒張,子宮周囲の癒着などの有無を確認して,止血法や子宮温存の可否を予測しておく.
- 胎盤が後壁であれば子宮下部横切開でよいが,胎盤が前壁の場合や後壁であっても前置胎盤の場合には頭側の子宮体部(場合により子宮底部)の横切開を行う.切開部位決定のために術中超音波検査も有用である.
2 )胎児娩出後
①術中に予期せず胎盤剝離困難が生じた場合
- 剝離困難部位の状態を評価し,癒着胎盤を疑ったら剝離を一時中止し,直ちに静脈路を複数確保し,輸液量を増やして循環動態の安定を図る.必要に応じて輸血の準備を進める.
- 癒着の範囲が狭く癒着が軽度で自施設での対応が可能であれば癒着部位を鈍的もしくは鋭的に切離して胎盤娩出を完了し,下記対応を進める.
- 重度の癒着胎盤で持続的な出血がありで自施設での対応が困難な場合は,胎盤を子宮内に残したまま子宮創部を縫合閉鎖(一層連続縫合でよい)して,腹壁創部は簡易的に閉鎖するか解放のままで清潔な布などで被覆して,高次施設へ搬送する.胎盤剝離面などからの出血が多い場合は,子宮内にガーゼを充填した上で子宮創部を閉鎖する.
②術前から癒着胎盤が予測されていた場合
- 子宮温存の場合は,胎児娩出後に胎盤の自然剝離を待つ.その間にオキシトシンの子宮局所への注入や子宮収縮薬の静脈内投与を行い,子宮切開部の出血部位の止血を進める.癒着の程度とその広がりを評価し,癒着部位が浅く限局している場合は鈍的あるいは鋭的に癒着部を切離して胎盤を娩出する.
- 事前に子宮温存不能と判断している場合は,胎盤剝離は待たず子宮創部を一層連続縫合で速やかに閉鎖して,子宮摘出に進む.
- 胎盤剝離を待機後に当初目指した子宮温存が難しいと判断した場合は,ガーゼを子宮内に充填して子宮創部を閉鎖してから子宮摘出に移行する.
(4)止血方法と子宮摘出に関する留意点
- 子宮温存を目指す場合,癒着程度が軽度で限局していれば子宮内腔側から癒着部位周辺の縫合結紮を繰り返して止血する.止血が得られなければ癒着部の裏にあたる子宮漿膜側からなるべく深く子宮筋層を縫合結紮する方法,あるいは直針の両端針(7㎝など)を用いて,子宮内腔側から子宮全層を貫通させて子宮漿膜面側で結紮して止血を行う方法もある.前置胎盤に伴った癒着胎盤などで癒着部位が子宮下部の場合にはparallel vertical compression sutures や子宮内バルーン圧迫法などが有用
である(図23).
- 止血目的の子宮摘出では,筆者らは頸管を残して腟上部切断術を行うことを原則としている.癒着部位は頸管内ではなく子宮体部であり,腟上部切断で十分に止血を得られ,摘出時間も短いためである.また,妊娠子宮では頸管,腟壁,尿管などの位置関係が分かりにくいため,臓器損傷の回避にもつながる.