ポイント
- 妊娠中に嵌頓子宮の診断をつける.診断には内診が最も簡便かつ有効で,子宮腟部の高度な偏位を認めた際には嵌頓子宮を疑う.
- 可能であれば術中に嵌頓子宮を整復してから,子宮筋層切開を行う.
- 癒着により児娩出前の整復が困難な際には,子宮前壁が高度に進展していることを念頭において子宮切開部位を決定する.
(1)病態
- 嵌頓子宮とは子宮筋腫や骨盤内の癒着を原因として,子宮底部がDouglas 窩に嵌頓した状態で妊娠子宮が発育し,子宮の前壁から頸部が強く進展される病態である(図37).
- 頻度は3,000~10,000 妊娠に1例と稀である.
- 嵌頓子宮は分娩進行に伴う子宮破裂や帝王切開時の膀胱,子宮頸部の損傷,多量出血のリスクがあるため,妊娠中の正確な診断が重要である.また,嵌頓子宮の帝王切開術ではその病態を理解し,正しい位置での筋層切開を行うことが合併症の予防につながるため,執刀医はその対応方法を熟知する必要がある.
(2)検査・診断
- 嵌頓子宮では子宮体下部前壁~頸部が強く進展されることで,子宮腟部が母体の恥骨の裏の方向に牽引・圧排されるため,腟鏡診での子宮腟部の観察が困難となる.内診では同位置に圧排された子宮腟部を触れることもある.
- 腟鏡診および内診で嵌頓子宮を疑った場合,超音波断層法を用いて子宮体部と子宮頸部の位置関係を確認することが有用であり,子宮頸部が母体腹側に強く進展している所見が描出できる(図38).嵌頓子宮の病態を理解していなければ,単に「子宮頸管が描出しづらい」と評価するにとどまるのみで診断に至らないことがあり,嵌頓子宮の病態をよく理解しておくことが重要である.
- また,嵌頓子宮の症例では,Douglas 窩に子宮底部が嵌頓しているために,本来は位置異常のない胎盤があたかも前置胎盤のように見えることもあるため注意が必要である.
- 内診,超音波検査で嵌頓子宮が疑われた場合,骨盤部MRI 検査で各臓器の位置関係,嵌頓子宮の重症度を評価する.骨盤部MRI 検査の矢状断像(図39)では子宮および周辺臓器の解剖学的な位置関係を正確に把握でき,帝王切開術時の子宮筋層の切開位置の検討に有用である.
(3)治療・手術
- 嵌頓子宮が整復せずに持続した場合,分娩方法は帝王切開となるが,その際は膀胱および子宮頸管の損傷に注意する必要がある.
- 図39 のように,嵌頓子宮では子宮体下部前壁~頸部が強く引き伸ばされており,膀胱は通常より母体頭側に引き伸ばされた位置に確認され,通常の帝王切開における筋層切開の高さには子宮頸管がある.しかしながら,嵌頓子宮の帝王切開の術野では一見通常の帝王切開と変わらないように見えることがあり,術中の臓器損傷を避けるために,事前に各臓器の解剖学的位置を評価することが重要である.
- さらに術前の評価に加え,術中に超音波検査を併用し,筋層切開位置の羊水腔を確認することが,膀胱や子宮頸管の損傷の予防につながる.
- また,嵌頓子宮の重症度,骨盤内の癒着の程度によるが,術中に用手的に嵌頓子宮を整復することで通常の術野での帝王切開を行うことができる.整復を行う場合には骨盤内の癒着がないことを確認した上で,Douglas 窩に手を入れ,子宮底部を持ち上げるようにして整復する.術中に整復をする場合には術野を大きくとる必要があり,また整復を行わない場合や癒着などで整復ができない場合にも,底部横切開の帝王切開に近い位置での筋層切開や筋層の縦切開,母体頭側への筋層切開創の延長などを要するため,皮膚切開は原則正中縦切開が必要である.
- 児の娩出後には収縮した子宮と周囲の臓器を確認し,子宮筋層切開位置や,膀胱・子宮頸管の損傷の有無などを確認する.
- 嵌頓子宮の反復例もあるため,子宮筋腫や骨盤内の癒着などを評価しておくことが次回妊娠時の周産期管理の一助となる.