(4)子宮内膜症性不妊への対応
主訴:挙児希望(2 年間の不妊).
画像上,径4 ㎝の卵巣チョコレート囊胞(片側)を認める以外,症状なし.
基礎体温で2 相性,ホルモン検査・子宮卵管造影法・精液検査で異常所見を認めず.
1 )ここがポイント
・子宮内膜症性不妊の治療にあたっては患者年齢,不妊期間,疼痛,重症度(臨床進行期)を考慮し,治療法を選択する.
・母体年齢が35 歳以上,不妊期間が3 年以上では妊娠率が低率であり積極的な不妊治療が必要である.
・卵巣チョコレート囊胞の大きさに関しては十分なエビデンスがあるとは言えないものの,画像上悪性の可能性がなく,疼痛などの症状がないあまり大きくない囊胞に関しては原則保存的に管理し,不妊治療を優先する.
・卵管の高度癒着や重症が予測される場合は,腹腔鏡または開腹による手術治療により妊娠が期待できる可能性はあるが,最近の不妊患者の高齢化や卵巣予備能低下例が増加していることを考慮すればART を選択することが多い.手術を施行する際には可能な限り病巣の摘出・焼灼を行い,EFI を参考として手術後の治療方針を決定する(図28).
※ EFI については6 頁「3)進行期分類」の項④を参照.
2 )治療の実際
・この事例の所見としては,子宮内膜症を背景とする卵巣チョコレート囊胞(片側)を認めるのみで,他に不妊症の原因を認めていない.
・卵巣チョコレート囊胞手術による卵巣予備能の低下,若年者の再発率の高さが重視され,最近では手術治療より不妊治療を優先することが多くなっている.
・年齢を考慮した場合
* 30 歳以下,不妊期間の短い事例で他の不妊因子がなければ待機療法やタイミング療法を第一選択とする.
* 30~35 歳では排卵誘発やIUI,およびその併用療法を検討し,妊娠に至らなければART を考慮.
*およそ38 歳以上ではART を第一選択とする.
3 )不妊を伴う子宮内膜症の治療方針
・子宮内膜症と不妊との関連は明らかであるが,子宮内膜症が妊娠成立を阻害するメカニズムに関しては十分解明されていない.
・子宮内膜症患者の30~50%が不妊.
・不妊症患者の25~50%に子宮内膜症が認められる.
・不妊患者の子宮内膜症罹患率は正常婦人の6~8 倍高い.
・正常婦人の月経周期ごとの妊孕率は15~20 %であるのに対し,子宮内膜症患者は2~10%に低下する.
①子宮内膜症の薬物治療
・子宮内膜症の薬物治療薬として使用されるLEP 製剤,GnRH アゴニスト,黄体ホルモン剤,ダナゾールは排卵抑制作用があり,使用している期間は妊娠しない.いずれの薬剤も妊娠率,生産率の向上につながらず薬物治療は推奨されない.
・ART 時にGnRH アゴニストを3~6 カ月使用するUltra-long protocol は唯一妊娠率の向上が期待される.しかし,特に高年齢の事例の場合,治療による時間のロスを考慮する必要がある.
②子宮内膜症の手術治療
・軽症子宮内膜症StageⅠ/Ⅱに対する腹腔鏡下の病巣焼灼,癒着剝離手術は診断的腹腔鏡と比較し20 週以上の妊娠継続率,生産率が上昇するとされている(Jacobson TZ, et al:Cochrane Database Syst Rev 2010 :CD 001398).
しかし,手術による妊孕性改善が限定的であること,腹腔鏡以外の診断法の信頼性の向上により,特に無症候性の場合,不妊症だけが適応での腹腔鏡検査・手術は推奨できない.
・重症子宮内膜症StageⅢ/Ⅴ期は手術により妊娠率は3~69%程度期待できるとされており,癒着剝離などにより解剖学的変異を是正することができれば妊孕性の向上につながると考えられるが,高いエビデンスは示されていない(Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine. Fertil Steril. 98:591-8 ,2012).
・手術後,自然妊娠,排卵誘発/IUI,ART などの治療方針の選択にはEFI が有用である(6 頁「3)進行期分類」の項④を参照).
③不妊症を伴う卵巣チョコレート囊胞への対応(34 頁「コラム」参照)
・囊胞の大きさに関しては十分なエビデンスがあるとは言えないものの,画像上悪性の可能性がなく,疼痛などの症状がない7 ㎝未満の囊胞に関しては,手術による卵巣予備能の低下,若年者の再発率の高さが重視され,最近では手術治療より不妊治療を優先することが多くなっている.
・ART 前の子宮内膜症性囊胞手術は妊娠率向上に寄与するとするデータはない(図29).
・7㎝未満でも疼痛が強い事例,若年者,卵巣予備能が十分保たれている4㎝以上の事例では囊胞摘出手術を優先する.
・7 ㎝以上の場合は破裂,感染,卵胞穿刺時の内容液のコンタミのリスクから囊胞摘出手術を優先してもよい.
・38 歳以上,疼痛を伴う両側性,卵巣予備能低下例,再発例ではエタノール固定後不妊治療を行うという選択もある.
④一般不妊治療
・待機・タイミング療法で妊娠に至らないStageⅠ/Ⅱの子宮内膜症不妊に対しては排卵誘発やIUI,およびその併用療法により妊娠率の向上が期待される.
・排卵誘発治療に際しては,クロミフェンからゴナドトロピンへ順次ステップアップを図る.ただし,38 歳以上では排卵誘発やIUI,およびその併用療法の有用性は期待できず,IVF/ICSI を早期に考慮すべきである.
・重症子宮内膜症StageⅢ/Ⅳ期の排卵誘発+IUI の有効性を示すデータは少なく,原則ART が推奨される.